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1:従業員N
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2018/01/17 (Wed) 21:19:48
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あの日の私Nはまだ大学生で、初めてそのことを知ったのは1時間目の西洋哲学史の冒頭、おじいちゃん教授による、
「え~、関西で大きな地震が起こったようですね、、分かるだけでも300人の死亡が確認されているとかで、、」と。
もうその後のカントの講義など、頭に入るはずもなし。
何年か後、一人で淡路島にある北淡震災記念館へ。
数々の団体が訪れており、僕一人の入場と見学はその空気の中では明らかに異質な存在に。そしてその異質感そのまま、これでもかと言うほど、時間を掛けて見学。全説明書きを丁寧に全て読み続けること既に3周目。
すぐに社会福祉協議会の災害ボランティアに登録し、ボランティアセンター開設訓練参加、ナホトカ号重油流出ボランティア参加、シェアリングガーディアン・デザイナー取得、諏訪広域消防応急手当普及員取得、日本赤十字救急法救急員・幼児安全法支援員取得、そして東日本大震災へ。
人生にとって、それなりに何かを受け止めたあの時。そんな日でした。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180117-00024730-houdouk-soci『阪神・淡路大震災から23年』
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2019/04/20 (Sat) 13:33:49
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2019/07/05 (Fri) 09:42:49
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